2008年05月17日

【深夜に母親とする静かな対話】

■母を見送った4日間と言う時間。
しがらみから開放されて童心に戻るひと時と過去との対話

 深夜3時に火を引き継ぐ、その為に一時間ほど前に母の亡骸の前に座り、お経を上げながら思いをめぐらせました。

 その時間というものは、今までついぞ味わったことの無いような密度の濃い、特別なものとなったのです。

 私の過ごしてきた人生の中でも、こんなに静かに自分の過去を振り返り、脳裏に去来する記憶、想い出の一つ一つを丁寧になぞる時間はなかったと思います。そこにあった若かりし日の父、母、兄弟の姿を思い浮かべながら、自分の過ごした全てを一瞬のうちに透視してみるというのは、とても新鮮な境地に自分を導くものでもあったのです。まるで自分が母親の前で、いたずらを叱られる小学生のような気持ちになってくるのでした。

 反発し闘争し、様々に感情を高ぶらせながら思いをぶつけては、怒らせたり悲しませたりした思春期、その未熟な時代が懐かしく、次第に自分がその時から何も変わっていないことに気がつくのです。

 様々な経験を重ね、世間と言われるものの中で何十年かをやり過ごし、時にはねじ伏せながら身につけてきた世間知や世渡りの知恵は、何だったのだろうと思わせるのです。それは自分が大人になったことの証ではありますが、そんな母の姿の前ではどこか稚拙な雑念のようにも思えてくるのです。

 残念ながらもうその時代に戻ることは出来ません。誰もが同じように後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、次々に立ち現れる現実の前で翻弄され、切磋琢磨し、時に憔悴しながら、ひたすら人生を前進するしかないのでしょう。
ラベル:対話
posted by 社長 at 16:04| ☁ | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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