2008年05月26日

■あなたの子どもでよかったと告げられる人生を■

■母を見送った4日間と言う時間。
しがらみから開放されて童心に戻るひと時と過去との対話


 私は輪廻転生を信じていますから、また次の生を授かった時に、思い切り回りの人たちに恩を返していこうと思っているのですが、一番の心残りは母親に対して「あなたの子どもでよかった」と、一言伝えることが出来なかったことです。

 多くの人たちは臨終の際に、両親に向かって告げるべき言葉を持っていません。これは自分の子ども達にも伝えておかなければならない言葉だと思うのですが、人生の全てを肯定し、互いの存在を尊重し会うメッセージとして、「あなたの子どもでよかった」というその言葉が、自然に出てくるような家庭を作っておくことが、最も大きな人生の目的でもあるのでしょう。

 それに気付かせてくれた父、母の存在に、今更ながら感謝するのです。
ラベル:人生
posted by 社長 at 14:30| ☀ | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月18日

【親類縁者のネットワーク】

■母を見送った4日間と言う時間。
しがらみから開放されて童心に戻るひと時と過去との対話

この数日間はそんな問と答えが自分の中で堂々巡りをする様を、どこか穏やかな眼差しで眺めていたのです。自分はどこから来てどこに行こうとしているのかと思いをめぐらす時間。それはとても深い想念に包まれた貴重な体験でもありました。

 人生は時にとても不思議な感触を味わう瞬間があります。自分では破天荒に型に縛られずに動き回ったつもりでいても、気がつけばお釈迦様の手の中でただグルグル回っていただけというように、親戚一同が介して話をしていると、誰もがなるべくして現在のかたちになっているという感慨に捕らわれるのです。

 そしてまた一人一人の存在が、それぞれの関係にもたらしている有形無形の影響というものに気がつくのです。

 ひとりの人間がその生のネットワークの中から席を譲ると、その人が存在していたが故に語られたこと、語られなかったことが現れてくるのです。この事を母が知ったら悲しむだろうな、と言われるような出来事は、母が存命中は人々の心の奥底にしまわれていました。ですが、そう言った話題もその人が亡き後は自然に人々の口に上がってくるもので、それによって初めて、遠い過去にあった出来事の本当の意味を理解したりするのです。遠い昔、私は幼い子どもでしたから、大人である両親の姿は親戚一同のそれぞれが見る視線とは、互いに違ったものであったことでしょう。

 葬式という場では土地の相互扶助システムが現在も生きており、地域の人たちは手際よく作業を分担して、その儀式を進めてくれます。遺族はその好意に支えられながら、久しぶりにそんな顔を合わす親族とのやり取りに十分な時間を当てることが出来ました。
posted by 社長 at 13:28| ☁ | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月17日

【深夜に母親とする静かな対話】

■母を見送った4日間と言う時間。
しがらみから開放されて童心に戻るひと時と過去との対話

 深夜3時に火を引き継ぐ、その為に一時間ほど前に母の亡骸の前に座り、お経を上げながら思いをめぐらせました。

 その時間というものは、今までついぞ味わったことの無いような密度の濃い、特別なものとなったのです。

 私の過ごしてきた人生の中でも、こんなに静かに自分の過去を振り返り、脳裏に去来する記憶、想い出の一つ一つを丁寧になぞる時間はなかったと思います。そこにあった若かりし日の父、母、兄弟の姿を思い浮かべながら、自分の過ごした全てを一瞬のうちに透視してみるというのは、とても新鮮な境地に自分を導くものでもあったのです。まるで自分が母親の前で、いたずらを叱られる小学生のような気持ちになってくるのでした。

 反発し闘争し、様々に感情を高ぶらせながら思いをぶつけては、怒らせたり悲しませたりした思春期、その未熟な時代が懐かしく、次第に自分がその時から何も変わっていないことに気がつくのです。

 様々な経験を重ね、世間と言われるものの中で何十年かをやり過ごし、時にはねじ伏せながら身につけてきた世間知や世渡りの知恵は、何だったのだろうと思わせるのです。それは自分が大人になったことの証ではありますが、そんな母の姿の前ではどこか稚拙な雑念のようにも思えてくるのです。

 残念ながらもうその時代に戻ることは出来ません。誰もが同じように後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、次々に立ち現れる現実の前で翻弄され、切磋琢磨し、時に憔悴しながら、ひたすら人生を前進するしかないのでしょう。
ラベル:対話
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2008年05月15日

【線香の火を絶やさない生者の役割】

■母を見送った4日間と言う時間。
しがらみから開放されて童心に戻るひと時と過去との対話


 日本社会の慣習では、肉親の不幸にあった場合、その魂を送り出す儀式は何より優先する所作となります。この時から4日間、私は仕事から全く離れ、純粋に一人の人間として、亡き両親の子どもとして、その供養のために時を過ごしたのでした。

 死者を供養する葬式のプログラムというものは、その土地独自の風習があるものです。母が亡くなった私の郷里ではまず納棺から火葬を済ませ、その後、通夜や告別式を執り行うというものでした。

 亡くなった母は病院から家に運ばれ、そこで翌日の納棺、そして出棺を待つことになります。その間24時間線香の火を絶やさないのがしきたりで、必ず誰かが深夜でもその火を守る役割を担うのです。私はすぐにその役をかって出ました。
posted by 社長 at 17:07| ☁ | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

【最後の知らせは帰途の途中】

■母を見送った4日間と言う時間。
しがらみから開放されて童心に戻るひと時と過去との対話

去る3月31日、私の母が亡くなりました。享年87歳でした。

 人間も80代半ばともなれば、次第に体の機能は衰えて行くものです。丁度亡くなる数日前、私は妻と二人で母の入いる病院を訪ねました。病院の一室、ベッドに横になっている母は穏やかな寝顔を見せていました。食事時間には付添の看護婦さんに促され、私も母の食事介助することが出来ました。その時はまだだという感触だったのです。

 後日、病態急変の知らせを受け、再度母を訪ねた時はもう酸素マスクをしていて意識もなくなっていました。私はベッドサイドで辛そうに呼吸する母に対して「母ちゃん、苦しいね、苦しいね」という言葉だけだったのです。心の中では「もう頑張らなくてもいいよ」と思っていました。

 4月1日は新しくオープンする店舗【アパマンショップあざみ野店】の開所式、本社の入社式と目白押しに行事が控えていたこともあり、私は母の様子をうかがいながら、慌ただしく郷里と会社との間だを行き来するつもりでした。最期の知らせを受けたのは、その見舞い
から帰る31日夜最終新幹線の車中だったのですが電話に気が付かず、家に帰ってから知ることとなりました。そのタイミングではすぐに引き返すわけにも行かず、臨終の席に同席出来なかったことが心残りではありました。
posted by 社長 at 11:56| ☁ | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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